https://mitsubishimortors-photocon2026.com/pajero/
写真は1984年1月1日 元旦の日の出のあとの頃、撮影。もう42年前の話。
裏話。撮影はコンパクトタイプのフィルムカメラを三脚に載せ、セルフタイマーをセットして、あわててクルマに乗り込み、パシャと撮りました。
ワイルドな(?)毎日がわくわくする生活を目指すのだ! GO!GO! 創意工夫でコストパフォーマンスの高い生活を追求したい。Established 2008.6.21
https://mitsubishimortors-photocon2026.com/pajero/
写真は1984年1月1日 元旦の日の出のあとの頃、撮影。もう42年前の話。
裏話。撮影はコンパクトタイプのフィルムカメラを三脚に載せ、セルフタイマーをセットして、あわててクルマに乗り込み、パシャと撮りました。
8月3日にキッチンのリフォーム工事が終了しました。
2月中旬くらいから、長女の薦めからリフォームの具体的な検討を始めたので、約6か月半でのリフォームプロジェクトが終了しました。工事期間は足かけ10日、作業日数は8日でした。
工事が始まる1か月前から、キッチンや洗面所のモノを一旦待避させていたので、それを戻すのに同じくらい時間がかかりそう。
キッチンはセンサー式の浄水機能付きの蛇口で、こんな便利な機能の蛇口を使い始めたら後戻りはできそうもない。
と言うわけで↓こんな感じのキッチンです。
![]() |
| キッチンの入り口を以前カウンターがあった場所に作りました |
![]() |
| 換気扇とガスコンロは3年半前にリプレースしたので、今回はそのまま使うことにしました。 シンクは横の長さが90cmのロングタイプに。 |
![]() |
| システムキッチンのワークトップの高さは最も高い90cmに。 そしてセラミック製のものをチョイスしました。 |
![]() |
| キッチンの照明は当初使用していた円形のLEDは収納扉が干渉することがわかり、 横長のLEDランプに変更しました。 |
![]() |
| 冷蔵庫の熱がキッチン内に籠もることがないように、空気穴を設置しました。 |
![]() |
| 廊下側から見ると |
7月29日土曜日
先週からリビングの半分くらいの空間で生活しています。
キッチンがないので、防災生活中のような感じで、基本加熱しなくても
よい食事で毎日過ごしています。
そして、まずは先週土曜日に、洗面所のリフォーム工事が完了です。
洗面台は34年前のモノと比べて断然使いやすくなっています。
在りし日のれもんを思い出すと胸が締め付けられます。
妹分の10歳の”みゆう”が、いてくれたお陰で、悲しみは少しは緩和されてはいます。
賢かったれもんと比べて、少し手のかかる、みゆうはそれはそれでカワイイものです。
今日は今シーズン最も暑い猛暑日。昨年は6月から体調がすぐれなかったれもんのために
毎日ずーとエアコンをつけていましたが、ことしは本格的にエアコンをつけたのは、
この一週間ちょっとです。
今年の夏は部屋のリフォームで大忙しに過ごすことになりそうです。4
充電バッテリーの’箱’を購入。主たる目的は防災用。災害により電源が断たれたときに、情報取得のために、スマホやPCの電源用として。
小さめのタイプなので、TVくらいは接続できるけど、他電気ポットなどは短時間しか持たないから、あくまで小型電気製品用。
そして晴天時に大いに活躍を期待するソーラー電池パネル。家のコンセントや車からの充電が無理なときに使用予定です。
キャンプする機会があればそのときには活躍したいね。
先日、アマゾンの年に一度のプライムデー(って名前だっけ?)で、この製品を見たら、25%オフ!!となっていました。思わず買おうか思い、念のためヨドバシカメラでチェックしたら、普段の値段がアマゾンのこの特別の日と変わらないどころか、微妙に安かったです。結局ヨドバシで買ったけど、アマゾンはよく他のネットショップより高い製品をまま見るので、必ず他での値段を調べてから購入した方が良さそうです。
タイトルにあるこの時刻、溺愛の家族が旅立ちました。
2003年4月28日にわが家にやって来た、アメリカンショートヘアのミックスの捨て猫。
あれから19年と2か月もの間、楽しく過ごしてきました。
名前は「れもん」。名付け親はわが家にれもんを連れてきてくれた、当時小学6年の長女でした。
通っていたECCの英会話教室で、先輩の女の子に猫を飼いたいと話していました。
たまたまその女の子が、捨て猫がいる情報を得て、長女に話をしました。
母猫と共に複数の子猫を預かっていたのは近くの運送屋さんでした。
長女は友達と見に行きました。すでに何匹かは引き取られていたようです。
長女が選んだのは、メスで尻尾が短い猫でした。短い尻尾がかわいいと。
わが家に来るために、産まれてから一か月くらい経過して母猫から離してからと言うことになりました。
誕生日は正確にわからないので、わが家に来た日からちょうど1か月前にすることにして
3月28日としました。
悪知恵の頭の良さも良く、外に逃げるときは、そーと足音を忍ばせて行動してました。
一緒にキャンプに出かけたり、スキーに家族で出かけたときも一緒に行動しました。
書き始めたら、終わらないほどのエピソードを残しました。
2年ほど前くらいに皮膚がただれるような病気になりました、精密検査を受けましたが、
効果のある治療法はなく、またすでに年配であったため、麻酔を打っての摘出手術は諦めざる終えませんでした。
そのときもう覚悟は決めていました。長生きできないだろうと。でもそれから2年以上生き続けました。
今回も5月末に、食べることもできなくなり、寝たっきりになり、いよいよ覚悟したところ、奇跡的に元気が戻ってきました。以前のように固形のドライフードは食べられなくなりましたが、ネコ用ミルクや、チャオちゅーるのような流動食のような物は、食べることもでき、全く歩くことができなかったのが、また歩けるようになりました。
ただ、おしっこをしたくなってトイレに向かう途中で、お漏らしするようにはなりました。
介護生活は1か月と2週間以上あり、24時間見守る生活でしたが、寄り添うことができて良かったです。
昨日7月12日に荼毘に付されました。
奇しくも、安部元総理がゆかりの地をまわりながら、葬儀場に向かう時刻に、れもんも拾われて助けてもらった運送会社の前を通り、動物病院の前をとおり、セレモニーホールまで向かいました。そしてクリメーション(火葬)も元総理と同じ頃行われました。
とても長生きしてくれました、いまでも、あのつぶらな瞳を思い出すと涙が湧き出し、鼻の奥がツーンと痛くなります。
僕の人生の3分の1近くも一緒に、楽しく過ごしてくれたことに感謝です。
本当にありがとう。天国でも自然のなかを走り回ってね。
半年ぶりの投稿。(^_^;
前回に続き、コロナワクチンの記録です。前回昨年の11/1に2回目を接種してから6か月経過したので、3回目を接種できました。
前回の時もそうですが、世間ではコロナウィルスの感染者が減少傾向にある時期での接種です。
3年ぶりの規制無きGWでもあり、方々の観光地は人手が多くて賑わっています。
大型連休中でもあり、感染検査の数が少ないこともあり、全国の感染者数が減少している状況です。そして、海外からの渡航者も規制緩和になる予定です。心配なのは、ワクチン接種者数が極端に少ない国々、例えばアフリカの国などから、全く新しい変異したコロナウィルスが上陸するのではということです。輸入品も今後増えることでコロナも一緒に輸入?されるかもしれません。
今回もワクチン接種後のたいチュの変化を記録したいと思います。
接種したワクチンは前回の2回と同様で、ファイザー製です。
<体温・体調の変化>
5月6日
朝 体温36.3度
注射前
・午後12時30分 体温36.3度
(午後1時30分ワクチン接種) ※午後2時に接種予約をしていたのですが、空いていたので前倒しになりました、
・午後3時45分 体温36.3度 体調に特に変化無し。
・午後8時45分 体温36.9尾 少し高めの体温に。他に変化無し、
・午後11時45分 体温36.4度 注射した左腕に痛みを感じる。
5月7日
・午前6時35分 体温36.2度 腕の痛みは継続中。
・午前10時45分 体温36.4度 腕の痛み以外特に変化無し。
・午後1時20分 体温36.4度 腕の痛みはあるものの、少し小さくなった感あり。
以上、特に大きな副反応は無かった模様です。
前回の1回目のコロナワクチン接種から、3週間経過。今日は2回目のファイザーワクチンの接種です。
コロナ感染者がだいぶ少なくなってきました。まだ、詳細はわからないが、コロナウイルスの変異過程でのコピーミスによる感染力の低下ではないかともいわれています。
これは日本での話なので、今後経済の立て直しと共に、海外との往来が増えれば、新たな他の国で変異したウイルスが蔓延する恐れはあります。
感染者が少なくなってきて、世間ではワクチンの接種予約が埋まらなくなってきたといわれていますが、今日の病院では、3週間前に1回目の接種を受けたときの2倍以上の、20人はいました。予約が取りやすくなって接種希望者が増えているのでしょうか。
来月12月からは、前回ワクチン接種して8か月以上経過した人たちの3回目の接種がはじまります。僕は3回目を受けられることはあるのでろうか。
<体温・体調の変化>
注射前
・午後12時30分 体温36.4度
(午後1時30分ワクチン接種)
・午後2時30分 (1時間後) 体温36.3度。 病院のトイレの鏡を見たら、右目が赤く充血していた。(理由不明)
・午後7時45分 (4時間後) 体温36.6度
・午後9時40分 (8時間後) 体温36.9度 腕の痛みが少し出てきた
11/2
・午前7時30分 (18時間後) 体温36.4度
・午前10時30分 (21時間後) 体温36.5度 現時点、1回目ほどの腕の痛みは無し。
・午後12時40分 {24時間後) 体温36.4度
・午後7時30分 (29時間後) 体温36.7度 夕方あたりから、軽い気だるさ有り。
11/3
・午前8時30分 (43時間後) 体温36.6度
・午後12時30分 {47時間後) 体温36.3度
・午後8時30分 (55時間後) 体温36.7度
11/4
・午前7時30分 (66時間後) 体温36.3度
2回目のワクチン接種では、ほとんど副反応は見られなかった。年配者はあまり強い副反応はみられないともいわれている。ということは、僕は年配者枠ということなのだろう。(^_^;)
ワクチンの接種予約をしたのは、1か月ちょっと前。予約の空きがなかなかなく、どうにかよみうりランドモールの病院の予約がとれ、今日接種日となった。
このところ、第5波の感染者の人数が下がってきている。そのせいか川崎市のワクチン予約も、一か月も待たずに、余裕で複数の病院のカレンダーの予約空きが出てきている。
半年前くらいから肌が荒れるアレルギーが落ち着いてからの接種を考えていて、2か月ほど前くらいか肌の調子がよくなっていた。
にもかかわらず、ワクチン接種に行く前に鏡をみたら、背中かあたりが赤くなっていた。まぁ、軽めなので、予定通りに行くことにする。
1時間前の体温は、36.6度。
病院では名前が呼ばれたら、すぐに先生の元に。体調は?と聞かれ、良いです、と答えたら、左の腕にチクリと。射してから後半痛みを感じた。【ファイザー接種1回目】
15分待合室で待ち、30分かけてのんびり歩いて帰る。今日は夏日に近い、いや夏日の30度と思われる気候だ。途中のスーパーでアイスクリームを買って、食べてから帰宅。すこしだけ注射した近辺が痛いような痛くないような。
<体温・体調の変化>
注射後
・午後3時 (1時間15分後) 体温36.5度。 ほか特に変化無し。
・午後5時45分(4時間後) 体温36.6度。
・午後6時45分(5時間後) 左二の腕の注射した下あたりに痛み。
・午後7時15分(13時間半後) 左ひざ裏に痛み。(関係あり?)
・午後8時 (約14時間後) 体温36.6度。
10/12
・午前6時 (約17間後) 体温36.5度
・午後12時45分 (23時間後) 体温36.8度
・午後5時 (1日と約3時間後) 体温37.2度 左腕の痛みがだいぶ強く出ている
・午後6時30分(1日と約4.5時間後) 体温36.5度
・午後8時 (1日と6時間後) 体温36.6度
10/13
・午前7時 (1日と18時間後)体温36.3度 左腕の痛みが昨日より小さい
・午後5時 (2日と3時間後) 体温36.1度 左腕の痛みがだいぶ軽減されてきた
・午後8時 (2日と7時間後) 体温36.6度
10/14
・午前10時15分 (2日と20時間後) 体温36.5度
・午後1時45分 (3日後)体温36.5度 左二の腕の痛みは、完全には無くなっていないが、ほぼ痛さはない。
● ● ●
多分コロナウイルスの感染はいままで無かったのだろう。あれば、接種で副反応が大きく出ている可能性が高いから。
次回2回目の接種は11月1日の予定です。このときはもう少し強い副反応がある可能性が高いそうです。
このブログを書かない習慣がついてしまうと、書くことが腰が重くなってなかなか書けない自分がいる。ブログで過去の出来事を振り返ると、「あ~、そうだったなぁ」と感慨にふけることもある。
今回は、インプラントの話。約1年9か月かかって治療したことを記録として書いておこうと思う。
「インプラント施術をすることになった、いきさつ」
今回インプラント施術をしたのは、左下の奥歯の箇所。
奥歯がグラグラと動き出したので、5年ぶりにX薦を撮影して確認すると、
左下顎の骨が薄くなっていた。歯周病の影響で顎の骨が溶け始めていたのだ、
5年前のX線での顎の様子を見ると、まだ顎の骨がしっかりとありました。
たった5年の間にこんなに顎の骨が溶けるなんて!
そのときは奥歯は痛くもないし、普通に噛めていたのでそのままにしていたのです。
もし5年前にインプラント施術をしていれば、
今回行ったGBRという人工の骨の補填剤で骨を作らなくても、
元々の骨にインプラントを取り付けられ、短い期間で完了したわけだけど、
5年前はなんともないから、治療はまったく考えることは無かったのです。
「施術記録(ヒストリー)」
「インプラントの決断」
十数年前、サラリーマンをやめてから、時間もできたので、
いままで怠っていた歯のメンテを始めると同時に、
図書館で10冊ちかく本を借りて、歯の治療について調べました。
歯は生きるためには、とても大事であることを改めて知ると共に、
歯の治療費がとても高いことも、今にして知ることになりました。
健康保険が効く治療もあるわけだけど、
どうしても使い心地に難点があることもわかりました。
インプラントは自分の歯のように使用でき、とても良いのだけど、
なにせ高額な治療費がかかるのです。
仕事をやめて収入が無い状態では、インプラントなんてとても無理だから、
なんとしても、今の歯を維持しなければと、歯周病を時間をかけて治療しました。
大きな問題がない平安な時を過ごしたそんなときに、いきなり奥歯がなくなる局面が
現れたのだから、どうしようか悩んだのでした。
奥歯が端にある歯だからブリッジにはできず、手前の2箇所の歯に金属のバネを
引っかける部分義歯という方法もあったが、本を読んでいてインプラントの方が
断然いいとわかっていたので、インプラントを選択。
実際、人工の骨の補填剤が硬くなるまで、義歯を作って使用したけど、
心地いいものではなかったです。
「困難な状態での成功」
今回の施術で、最終的に成功したから喜んでいられるのだけど、
うまくいかないことの方が100%に近い施術だったのです。
骨の補填剤は、インプラントの金具を埋める際に、どうしても骨が薄くて
金属が固定できないときに補助的に使うもので、僕のように大量の補填剤を
注入して、骨を形成するのは本来の方法ではないのです。
やるとしたら、お尻の骨を切り取り、顎に埋め込む何百万円もかかる手術に
なるのです。
なので、補填剤だけで行うのは、一か八か、うまくいく可能性が低かったのです。
インプラント体を埋め込む日に、歯茎を開いてみて、無理と判断したら、
インプラント手術はとりやめだったのです。
でも、長い時間をかけ、無事、予想以上にしっかり人工骨が固まったことから、
成功に至りました。
先生も、あまりにうまくいったので、学会で発表したいとも話していました。
そんな感じでの施術だったので、インプラントの見積もり時に、本来だったら、
10年の保証なのですが、保証は5年にして欲しいといわれました。
あと、もしインプラントができないと判断した場合は、
金属の義歯を保証として作りますという約束でした。
なので、今後も決して安堵はできず、歯を守るため毎晩マウスピースをつけて
就寝しています。
「さいごに」
いくら歯の手入れをしていても、加齢や体質で、歯や歯茎が弱ってきます。
すこしでも長く現状維持できるように頑張りたいと思います。