火曜日, 7月 05, 2011

[7/5 Tue] ▽バスルームの小バエ退治

   昨年の春か夏あたりからバスルームで小バエが発生する。昨年TVのCMでもやっているタマネギの様な形をした小バエ捕りの商品を買って設置したものの全く罠に寄ってくれない。だから手で潰していたのだが、あまりいい気持ちがしない。殺虫剤をスプレーする手間も面倒。できれば発生元を突き止めたいのだがわからないのだ。たぶん湯船とそれを包む形の外枠の間が温かいのでその当たりではと思っているのだが、ハエが顔をだして出てくるシーンを見ていないので真偽のほどはわからない。
  
 今年ふと思ったのが、リキッド式の蚊取り器。蚊用だから期待はしていなかったが、小バエにはとても有効であることがわかった。小バエ達は壁にぺちゃんこになるのだ。






 しかしすごく微々たるものだが電気を使うので節電の折り、100円ショップで売っていたハエ捕り紙をつるしてみた。これは小バエには全く効かなかった。ハエがとまってくれない。仕方ないので手でシートを持ってハエを追い詰めてシートに貼り付けた。これは手間がかかるばかり。





 今日朝の情報番組「あさイチ」をみていたらハエ捕り器の作り方をやっていた。震災地でのハエ対策によるもので、2リットルのペットボトルの横にハエの入る穴をあけ、料理酒、お酢、砂糖を中にいれておくというもの。
 うちでは小バエなので、小さめの容器でいい。トイレの芳香剤の空き容器でためすことにした。中の棒とスポンジは取り除く。
 TVでは料理酒100ml、お酢200ml、砂糖100gとあった。同じ割合でそれぞれ25ml、50ml、25gで溶液をつくって入れてみた。
 この程度の量だ。甘酸っぱい匂いがする。
 でバスルームに置いてみた。たった今作ったばっかりなので、結果はまだわからない。さて成果の程は如何に。

[7/5 Tue] ▽初めて読んだ東野圭吾

 東野圭吾の加賀シリーズ『麒麟の翼』を読んだ。今まで東野さんの本を読んだことがなかった。娘はファンで中学、高校生のときから読んでいる。
 昨年のTVでは阿部寛が演じた加賀恭一郎の『新参者』はワクワクして見ていたし、福山雅治の『ガリレオ』も好きだったし、嵐の’ニノ’主演の『流星の絆』も脚本の宮藤官九郎でとても面白く作られていた。
 娘はただ単なる推理ものではなく人間模様を描いている点がいいといっている。加賀恭一郎のクールであるが、人情味のあるキャラクタはとてもかっこいいのだ。

[7/5 Tue] ▽6月のお弁当

  このところ梅雨もお休みなのか、猛暑の日々が続く。食べるよりついつい冷たいモノが欲しくなりそうだ。
  6月のお弁当。このところいつお弁当を持っていくかわからないので、便利な市販のお弁当向けの冷凍食品を利用することが多くなっている。とくに自然解凍でよい商品はお弁当内の冷却作用もわずかながらもあるので便利だ。

土曜日, 6月 25, 2011

[6/25 Sat] ▽お土産の野菜


 今週友人から旅行のお土産で野辺山の直売所で買ってきてくれた野菜です。大きな大きな舞茸、おいしそうな大蒜、長ネギ、ズッキーニ。美味しいものは大切に料理してます。

 舞茸と高菜、油揚げの油炒め。香り付けは胡麻油。ほかほかご飯にのせて食べます。
 舞茸のバター焼き。マヨネーズをトッピングしました。
 舞茸と長ネギのスープ。
舞茸の天ぷら。大蒜も天ぷらにしました。





 とても美味しい野菜をありがとう(^_^)/~
 

[6/25 Sat] ▽初めてのカリカリ梅作り

 今年は青梅の豊作らしい。近くの元フルーツパークでも販売があったのですが今年は行きませんでした。昨年は確か一人の購入制限が2か3袋でしたが、今年は一人6袋、売り切れることなく夕方まで販売していたそうな。
 ということで’格安’では今年買えなかったけど、スーパーでの安めの梅を購入しました。2週間程前には1Kgの梅を、梅酒と梅シロップの半々漬けたのでした。そして昨日初めてカリカリ梅作りに挑戦しました。ネットでみると皆さんいろいろな漬け方がありますね。梅の種をとり、酢、砂糖、焼酎少々、そして赤ジソで漬けました。カリカリになりやすいように卵の殻も投入しました。
 とりあえず一ヶ月後どの様になっているか楽しみです。

[6/25 Sat] ▽哀悼 ピーターフォーク氏 

 先ほどYahooニュースでピーターフォーク氏が23日に亡くなったという記事を目にした。最近体調が悪いと聞いていたので心配に思っていた。
 中学生のときNHKで放送していたピーターフォーク主演の『刑事コロンボ』に夢中になっていた。土曜の夜、TVの前で亡き父と二人でワクワクして見ていた。今年に入ってからはAXNミステリーチャンネルでの完全版を毎週楽しみに見ている。全69話のうち今週は24話目であった。
 2週間ほど前に2005年に米国で出版され、昨年日本で翻訳出版された『ピーターフォーク自伝』を読んだ。そうなんだと驚いたのは、衣装の選択や、セリフの言い回し、あるいはアドリブを俳優に任せている点だ。あのコロンボの衣装を決めるとき、たくさん用意された服の中から、彼がスーツを選んだ。よれよれのレインコートは自分の家から持ってきたのもの。乗っているプジョーも何台も用意された車のうち、端の方で壊れかけていた車をフォーク氏が選んだ。こういう設定は監督が中心に決めるモノだと思っていたが、米国では役者がいろいろと決める権限があるようだ。スタッフみんなで作品を創りあげているといった感じなのだろう。そういえばハリウッド映画で渡辺謙氏も自らいろいろとアイデアを監督と相談したと聞いたことがあった。

 自分の人生の中において少なからずとも影響を受けたピーターフォーク氏に哀悼の意を表し、ご冥福をお祈りいたします。

[6/25 Sat] ▽4月、5月のランチ


 うちの二人の大学生のお昼のお弁当。毎日ではないけれど持って行っている。4月はまだ大して授業もなかったので弁当を持っていくのも少なかった。

 今シーズンのブームの弁当は、ホットサンド。肉、ハム、卵、オニオンなどをはさんで、ホットサンドメーカーで焼く。このメーカーは友達から結婚記念でリクエストしてもらったもの。23年使用している。電子回路がないと電気製品は持ちがいい。

火曜日, 6月 21, 2011

[6/21 Tue] ▽早、まる3年

  4月あたりからブログの投稿がほぼ停止していたら、今日でこのブログを開設してから早、丸3年の月日が流れたようです。この1年の間にはいろいろとありました。うちの奥さんが会社の業績悪化による失業があり、しばらく二人の専業主婦(and夫)状態が半年ありました。その後奥さんは100件目の求人応募で小さな会社に就職が決まったものの、パワハラともいえるプレッシャーにより結局3ヶ月で退社。お陰様ですぐに新しい会社が決まり現在通勤しています。
  世間ではこの一年でブログだけでなくTwitterがブームになり、スマートフォンが一気に携帯電話に置き換わりつつあります。TwitterやFacebookは東日本震災で通話できない電話のかわりに大活躍しました。中東ではそれらが国の歴史を変えるほどの事件も起こっています。3年前の秋からの世界不況も相変わらずで、好況にはほど遠い状態です。我が国では震災の影響もあり、今後の経済復興が闇に包まれています。
  この細々と活動しているブログでもコメントが入り、食器洗い機の部品の組み立てが参考になったと嬉しいメッセージがありました。勝って気ままに書いているこんなブログでも他人様の役に立てたことを嬉しく思います。

  ということで、今後も相変わらず、細々とブログは続けたいと思う次第です。よろしくお願いいたします。  ペコリ<(_ _)>

日曜日, 6月 19, 2011

[6/19 Sun] ▽今日この頃

相変わらず自分の中の’ブログ書き込みエンジン’のかかりが悪い。


    昨日は電車に乗っての久しぶりの外出をした。日本橋にある三井本館内の三井記念美術館「館蔵品展」だ。明治時代、江戸時代、あるいは室町時代の陶芸品、屏風、蒔絵などの展示だ。
展示品もさることながら1929年に建てられたこの建物に興味があった。写真はエレベータの回数表示盤。昔の建物には気品があるのだ。


   コメダ珈琲店の「小倉トースト」が大好きです。
そんな僕の今日の朝食は、焼きたてトーストにマーガリンを塗り、ホイップした生クリームと缶詰のあずきをのせて食べました。
  午後、フランス語検定の試験から帰ってきた長女が、父の日だからとチョコチップをいれたビスケットを焼いてくれた。まわりがサクサク、中はふんわりのほっかほかのビスケットは美味しかった。
 
    昨年の秋に図書館で予約した『新片付け術 断捨離』の本がやっと自分のところにまわってきた。
断捨離とは「モノの片付けを通して自分を知り、心の混沌を整理して人生を快適にする行動技術」とある。今自分に必要としているのはまさにそれなのだろう。
読み終わった今日から’断捨離人間’に「へんし~ん」となろうと考えている今日この頃。

月曜日, 6月 06, 2011

[6/6 Mon] ▽いただき物ふたつ

昨年の9月に米国オハイオ州に留学して、おとといロンドン経由で帰ってきた娘さんからのイギリスのお土産。欧州の甘いスイートは牛乳に良く合います。
文化の違う地で長い時間過ごしてくると、いろいろなことが見えてくるようです。一回りも二回りも大きくなって帰ってきた彼女は素晴らしいと思いました。

6月の新聞屋さんの折り込みチラシにあった、なぞなぞ3問を解いてFAXで送った結果、当選者5名の中にはいったようで、ぬいぐみが届きました。(身長40cm)

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約2か月ぶりのブログ投稿。とくに生活に変わったことはなく、ただただ、ブログを書かない習慣が身についてしまった為のお休みでした。

月曜日, 4月 11, 2011

[4/11 Mon] ▽部屋チェンジのすすめ

 2004年に住まいをリフォームをして子供たちの部屋として二部屋を用意した。長女が中学生になるのでそれを機に姉弟(きょうだい)別々にした。それまでは勉強はリビングでやってた。ある程度の雑音がある方が子ども達は勉強がはかどるから。
 リフォームで二部屋の仕切りを開閉可能な壁にした。開けることでワンルームになるように。そしてルールとして1年ごとに部屋を入れ替えて使用することにした。部屋の大きさが多少違うから公平にという意味があったのだが、大きな利点は部屋の整理整頓が部屋替えのときにできることだ。学生は忙しいから、すぐに散らかった状態になる。同じ部屋のままだと一気に片付けるタイミングを逃してしまう。現に長女が高3に進級したとき、受験を控えているからということで本人の希望で部屋チェンジを中止した。もう翌年も二人が忙しい理由からだったか部屋チェンジをしなかった。そうしたらモノにあふれ、足の踏み場もない状態になってしまった。長女は父親の血を素直に受け継いでいるせいか元々すぐにメチャクチャな状態になった。長男はわりと部屋をきちんとしていたのだが、野球部活動で忙しくなると部屋の中は野球道具などで散らかり始めた。
 ということで3年ぶりの部屋チェンジがやっとのこと実施された。一斉にモノを移動するから、いるモノいらないモノをしっかりと仕分けでき、整理整頓ができるのだ。チェンジした後は部屋はさっぱりと生まれ変わる。片付けには’部屋替え方式’はとてもおすすめです。

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 今日はひっそりと誕生日を迎えた。年齢を重ねると大々的に祝ってくれることはない。子どもの頃だったら悲しいだろうが、今では祝ってももらわなくても淋しくはない。

 おっと今一瞬停電が発生した。(21時30分頃) 数秒後には回復。そしてまた停電発生。停電になると復旧後5分くらいインターネットのリンクがダウン状態になるので、このブログの入力が正しくできない恐れがある。

 ということでブログの書き込みは終了としよう。

 追伸: また停電発生! 瞬断だけど、3回電気が切れるのは珍しい!

日曜日, 4月 10, 2011

[4/10 Sun] ▽桜満開

 選挙の投票帰りに元フルーツパークへと続く桜並木を歩いた。このところの計画停電を実施しなくても良いほど、暖房機器を使わなくてよい暖かさが続き、桜はすっかり満開となっていた。
 長男は大学に通うようになり、新人歓迎会が何日かあったとのこと。これからお酒を飲む機会が増えてくるだろう。いままではほとんどアルコールを口にしていないから’免疫’ができていない。先日日本酒の冷やをおちょこグラスで一緒に飲んでみた。一口飲んで「まずっ!」であった。今夜は、以前山梨の白州にあるウィスキー工場でお土産で買ったミニボトルセットが、残っていたので一緒に飲むことにした。リザーブ10年もの。まずはロックで。やはり「まずっ!」であった。水を足して水割りにしたが、やはり口に合わないらしい。ビールも白ワインも好まないらしく、しばらくは甘い酎ハイを主に飲むことだろう。
 家族でビールや日本酒を呑みに行く日はいつになるかな。楽しみです。

水曜日, 4月 06, 2011

[4/6 Wed] ▽今日のお店の様子

 ブログの更新が1週間滞っている。ということで先週に続きお店の状況。未だに開店前から並ぶ人はいるものの、1週間前より少なくはなっている。商品も増えつつあるものの、卵、納豆、牛乳は「ご家族1個」の制限があった。パンは個数制限は解除している。お米もトイレットペーパーも充分商品は並んでいる。
 納豆の生産量が少ない理由は、納豆パックの容器、ラベル、そしてタレのビニールのような石油製品が納豆屋さんに納入されないことであるとTVでやっていた。納豆は人によっては何週間も食べなくてもいいという人もいるが、僕は納豆は必需食品だ。納豆とご飯があればそれだけで食事は満足なくらいだから。


 今から1142年前、西暦869年平安時代の貞観(じょうかん)十一年に東北地方で大きな地震が発生した。2004年から東大地震研究所など大学グループが現地調査して研究している、2007年に発表した研究内容では、1000年前の地震、津波と今回の地震、津波が非常に似ているらしい。この研究を活かして今後の地震津波対策を考えていたと思うが、間に合わなかったことになる。しかし仮に1000年以上前の大地震を解明しても、今、生きる人たちが1000年前の大地震が再びこの時代に発生するとは思わなかったのではないだろうか。
 明治時代1896年に発生した明治三陸津波により多くの被害で出たことから、当時の先人は子孫のために「ここより下に家を建てるな」という石碑を立て、それを忠実に守ったこの石碑のあった地域の現代の人たちは助かったとニュースで報道していた。


 現代の我々は1000年後の日本の人たちのために、この時代の大災害を知らせなくてはいけない。仙人がいるならば、是非その人(!?)が未来の人に知らせればいいのだが、残念ながらいらっしゃらないのだろう。1000年後までその時代時代毎に形が変わるであろう、データの記録や言語をバケツリレーのように、そして変換しながら各時代に伝えていく必要があるのかもしれない。