土曜日, 8月 09, 2008

▽夏オリンピックの思い出

 2008年8月8日午後8時(現地時間)に北京オリンピックが開催された。国の威信をかけているだけあって、”鳥の巣スタジアム”でのイベントは素晴らしいものだった。いままではオリンピックの開催しているときは仕事で忙しく夜遅く帰ってダイジェストニュースでチラッと開会式を見るぐらいだった。今回は家で長男と一緒にTVを見ていた。家にいたからといって、ずーと見ていたかというとそういうわけではなく、30分も見たら二人とも飽きたといって裏番組の金曜ロードショーを見始めた。ちなみに中国では視聴率は98%だそうだ。 (あり得なーい!)
 1984年は米国ロサンゼルスオリンピックだった。僕は社会人2年生だったが、このころは大学時代に所属していた放送研究会の同期や後輩達とよく飲みに行ったり、泊まりで出かけたりしていた。会には大学3年のとき、学生ツアーの商売を始めたので退会したが、仲間との付き合いは続いていた。
 1984年は夏休みに伊豆の河津に海水浴をしに泊まりで行った。後輩のおばあちゃんの家があり、おばあちゃんが出かけている時に10人から20人近くで泊まりに行った。決して広い家ではなく、男女が雑魚寝で寝泊まりした。僕は大学時代からの知り合いの女性を2,3人連れて行った。まだみんな学生の乗りで面白かった。泊まりに行った翌朝TVをつけたらロサンゼルスオリンピックの開会式の模様をやっていて、スタジアムをロケット装置を背中に背負って飛んでいるのを見た。今日からオリンピックか!と思ったのを覚えている。あの頃は今考えると無鉄砲で青春だったなぁ、と懐しく思う。
 以上思い出話シリーズでした。<(_ _)>

金曜日, 8月 08, 2008

▽TULLY'Sでちよっと休憩

携帯電話からの投稿。いまTULLY'Sでちょっとひと休み。
今朝は川崎のソリッドスクエア内のパスポートセンターに申請しに来た。ホームページには来週あたりの「お盆休みの時期は混みます。」と書いてあったので慌てるように出しに来た。朝早いせいかセンターはたいして混んではいなかった。

同じソリッドスクエア内のTULLY'S COFFEEにて。店内は軽快なジャスの曲がスピーカから流れている。コーヒーの味は濃いめ。どちらかというと好みではないほうかな。お値段もドトールと比べて高い。店内ゆったりした広さはいいけど、チェアはスターバックスカフェみたいに柔らかなのがいいなぁ。
さてつぎの場所に行くか。

木曜日, 8月 07, 2008

▽わが故郷

 午後、生まれ故郷の街まで行ってきた。

 長女の修学旅行の準備でパスポートを今月中に申請しなくてはいけない。そう、旅行先はオーストラリアなのでパスポートが必要なのだ。今日になって戸籍抄本(最近では戸籍個人事項証明書ともいうみたい)が必要なことを知った。急きょ昼過ぎに世田谷の等々力の区役所支所までとりに行ってきた。本籍は昔の実家のままなのだ。発行はすぐに終わった。

 少しだけ時間があったので車をとなり街まで走らせた。

 尾山台。ここ尾山台商店街は中学時代によく友達と歩いたところ。当時有名人では、フォークシンガーの谷山浩子、もんたよしのり、佐藤蛾次郎が住んでいた。商店街には中三のときに通った塾もここにあった。街並みはすっかり変わっていた。車道は石畳だ。ちょっとおしゃれな感じの街になっていた。以前あった店はほとんど見ることはできなかった。狭い商店街の車道には車を止められない。次のとなり街へ車を走らせた。
 九品仏。ここ九品仏(くほんぶつ と読む)商店街は小学校時代に友達がいっぱいいた街。九品仏は黒柳徹子の『窓際のトットちゃん』にも出てきた。九品仏のお寺のそばには小林旭の邸宅もある。この商店街もすっかり変わっていた。角の駄菓子のうさぎ屋はなかったし、八百屋もコンビニになっていた。幼なじみの酒屋は二軒とも残っていた。それから初恋のNちゃんの米屋はクリーニング屋に変わっていた。
 思い出した! 小学一年生の時、たしかお寺近くに咲いていた野草を摘んで、米屋のNちゃんにプレゼントしに行ったのだ。自分から行ったのではなく、悪友が後ろから押すようにしてお店の中に押し込んだんだ。一種のいじめだ。その時はあいにくNちゃんは不在だった。店先でニコニコして様子を見ていたNちゃんのお父さんかお母さんに手に持っていた花を預けて、逃げるように走って店を出てきた。(^_^;)
 その後、二子玉川を通って帰ったが、いまこの街も大きく変わろうとしている。昔あった二子玉川園遊園地の敷地周辺で大規模工事をしている。街並みがガラッと変わることだろう。
 今日は夕刻まで家に帰らなければならなかったので、ゆっくりできなかったが今度ゆっくり歩いて散策したいと思った。新しい発見がたくさん見つかりそうだから。

九品仏商店街を抜けて、九品仏駅方向を撮った風景。











工事中の二子玉川駅近辺。 








車の中のBGM:  YUMING アルバム『ひこうき雲』(1973年 荒井由美)

水曜日, 8月 06, 2008

今日の夕食は「イエロー・タイカレー」

 
 野菜たっぷりイエロー・タイカレーです。  ココナッツミルクがタイカレーの特徴です。 野菜の中でも特にたけのこは合います。 今回冷蔵庫にあったゴーヤを試しに入れてみました。





 ゴーヤそのものは、ほのかに苦みがあります。スープを飲むと後味にゴーヤの苦みがちらっと出てきました。長女はゴーヤは好みでないのでちょっとだめみたい。

今日の選曲はアルバム『水の中のASIAへ』

 今日は長女が友達と待ち合わせてGUSTOで昼食するというので近くまで車で送って行った。ついでに僕はすっかり予約していたことを忘れていた本を図書館に取りに行き、折り込みチラシのドラッグストアで家庭雑貨を買い、八百屋で真っ赤なトマトと3本100円のとうもろこしを買って、ドトールへ行った。ドトールのアイスコーヒーの値段が、190円から200円に変わっていた。ここでも値上げか。(>_<)
 夏の暑さのせいもあると思うけど、最近気持ちがだらけているような気がする。反省をダイアリーに書きつつ、やるべきことを書き連ねた。帰宅して今日のBGMはユーミンのミニアルバム『水の中のASIAへ』をチョイスし、ステレオにCDを入れた。1981年のアルバム。ミニアルバムだから4曲だけしか入っていない。何度もリピートプレイした。「スラバヤ通りの妹へ」、「HONG KONG NIGHT SIGHT」、「大連慕情」のアジアっぽいメロディが気持ちを落ち着かせてくれる。「わき役でいいから」では詩の
♪ 運命の風が吹いていっただけ そう それだけ ♪
というフレーズ。なにか気になった。
では次回のBGM選曲をお楽しみに。


 

▽なぜかナミダが...

 昨日、脳学者茂木健一郎氏がMCのNHK「プロフェッショナル」で『特集・宮崎駿のすべて』を放映していた。『崖の上のポニョ』ができるまでの300日を小型ビデオカメラはドキュメントしていた。宮崎駿監督をはじめとするアニメーター達の苦労して作品を作り上げていくプロジェクトの様子を見ていると、何か胸騒ぐものを感じた。物作りの世界に身体が著しく反応したためなのだろう。
 『ポニョ』が完成するまでの宮崎監督の苦悩も映し出されていた。監督は思いついたアイデアを手書きのノートブックに書き留めている。クライマックスの絵コンテのイメージが描けず、作成が遅れに遅れていた。監督は頭を抱えながら、アイデアノートを何度も見て最高の絵コンテをひねり出そうとしていた。本人にとっては苦痛の時間だっただろう。しかし、できあがった後の監督の顔は満面の笑みだった。カッコイイと思った。

 見ていて不思議なことが起こった。宮崎監督のお母さんの写真が画面に大きく映ったときだった。セピア色の写真はまだ若い頃のお母さんだった。僕の目から涙が溢れ出したんだ。声も出そうになった。TVを見ている自分の後ろで違うことをしている子ども達がいたので声を押し殺した...。
 なぜだろう、いろいろ考えた。僕の母は自分が生まれてすぐに亡くなった。赤ん坊だった僕には母親の顔の記憶はない。十数年前に親戚からもらった数枚の写真だけが、母の容姿を初めて見るものだった。写真が何かの引き金になってフラッシュバックしたのだろうか? 結局のところ原因はわからない。
 番組の中で宮崎監督は、ポニョと宗介との再会で思いっきり抱き合うシーンを描いた原画を手直ししていた。アニメーターの描いた抱き合う表現が喜びに満ちていないからだ。監督は今は亡き病気がちで強気の母親を常に作品にキャラクターとして描いていた。幼少のとき監督は入院していた母親に抱っこして欲しかったが、病状が悪くそれはかなわなかったとナレータは言っていた。監督も大好きな母親に抱きしめてほしいと思って、作品の中で夢を描いていたのだろう。
 母親に『ぎゅっ』と抱きしめられたら、どんな感じなんだろう。小さな体の子どもが大きく柔らかい母親の体に抱きしめられたら。大きい大きい安心感を感じるのだろう。いっぱいあたたかいんだろう.....、 と自分で想像してみた。
 この世界には望んでも叶わない子ども達はたくさんいる。自分だけではない。でも一生引きずってしまうのだろうと思ってしまった。今度一人で酒を飲みながら、自分の母親を思い出してみよう。僕のDNAにその記録が残っているかもしれないから。
 

火曜日, 8月 05, 2008

今日の夕食は「あじフライ」

今週はまだ買い出しに行っていない。冷蔵庫に食材がないぞー!というような今日みたいなとき、とっても嬉しいのが冷凍の鯵フライなのだ。じつはこれも友人からのおすすめで戴いたもの。開いた鯵に衣がついているので後は揚げるだけ。  
 
 

   

 「おいしい!」 もちろん揚げたてというのもあるけど、こんなに美味しいのならスーパーのお総菜で揚げてある鯵フライ買うより、揚げるだけのこの商品がずっといいね。
 以前にすすめてくれた友人から揚げ物を美味しくするテクニックを教えてもらった。

 『油から揚げ物を取り出したら、良く振って油をふり落とす。そうすると衣がカラッとなるよ。』
このことを聞いてから揚げ物の時はトングではさんで、めーいっぱい油を振り落とすようにしている。感謝。感謝。謝謝(中国語でありがとう。まもなく北京オリンピック)。

▽二日酔い明けはカレーライス

 昨夜風呂上がり後、TVを見ながらホッピーを飲んだ。ホッピーとは焼酎を割るビール風飲料だ。昔々居酒屋でビールより安いのでお金のない学生時代にたまに飲んでいた。

 今朝軽い二日酔いになっていた。(>_<) たったコップ2杯半しか飲んでないのに。 酒の好みはビールなので、ビールならめったに二日酔いにはならない。焼酎や日本酒は次の日にくるなぁ。     
 
 
 昼前には完全復活! 昼飯には二日酔い明けのお腹にはやっぱカレーライス。カレーには漢方薬的な効果があるよね。手軽にレトルトカレーを食べました。好きなレトルトカレーは明治キンケイ『銀座カリー』。今日はチキンカリーにしました。食べ終わって元気一杯になりました。!(^^)!

月曜日, 8月 04, 2008

▽ハッピーエンド

 英会話の番組を見ていて心にとまった英語のフレーズがあった。
 
 ”.......  Like.... we connected.”
 
 『うーん、 つながってるっていう感じ。』

ここでは女の子が’何か’を感じて自分と相手が何か見えない形でつながっているという気持ちで言った言葉だった。

それから、

 ”We were meant to be together.”

 『僕たちは一緒になる運命だったんだ。』

男と女のストーリーなら、この二人は一緒になって、ハッピーエンド。映画ならここでエンドロールが流れるんだよ、きっと。

日曜日, 8月 03, 2008

今日の夕食は「焼餃子」

 今夜は焼餃子。友人が先日OKストアで買った餃子をプレゼントしてくれた。「美味しいんだよ。」 とおすすめだ。
 昨夜遅く長男が5日間の野球合宿から帰ってきたので、久しぶりに家族4人が揃っての今夜の夕食までとっておいたのだ。
 厚めの餃子の皮はこんがりと焼ける。食べるともちっとした食感がいい。皮の厚みのせいか、ひとつひとつがボリュームを感じる。
 「うちの家族はハイエナか!」と言いたくなるほど、あっという間に中華皿の上がきれいになってしまった。美味しかった証拠だね。ご馳走様でした。ありがとう。


▽赤塚不二夫

 昨夕、入院中の漫画家の赤塚不二夫さんが亡くなった。僕は赤塚氏の『おそ松くん』が好きだった。小学1年生のときから今は亡き父が仕事帰りに小学館「週刊少年サンデー」を発売日に買ってきてくれた。特に日曜日の朝、布団をかぶって、窓から差し込む光で少年サンデーを読むのが大好きな時間の過ごし方だった。
 特に好きなマンガは藤子不二雄氏の『オバケのQ太郎』、そして『おそ松くん』だった。『オバQ』は、藤子ワールドであるあのほのぼのしたストーリーの展開が好きだった、それに対して同じコミカルなマンガの『おそ松くん』はスパイスの利いたギャグマンガだった。両者とも毎回読み切りであった。それぞれのマンガはいつもの設定された生活環境での内容展開の他、全く別世界のシチュエーションでのストーリーがある回があった。その様々な話は飽きさせないテクニックだと思う。両者のマンガの特徴の違いは、自分のそのときの気分の持ち方で、面白く感じるマンガが微妙に変わった。
 現在、週刊まんが誌も発売部数が落ちていると聞いた。少子化もあるが娯楽が様々存在していることも要因なのか? 
 余談だが、昨夜フジTVで放送していた堂本剛主演のドラマ『33分探偵』。このハチャメチャギャグは赤塚ギャグに通じるものがあると感じた。

土曜日, 8月 02, 2008

ファーストデー②

 1日、映画『スピードレーサー』を見てきた。今年のファーストデー第2段。今日はレイトショーの時間で見た。『スピードレーサー』の上映はここの劇場では今日が終わり、つまり最後のホントの最後の回だった。米国では、原作となったアニメ『マッハGoGoGo』は何度もTVで放映し、米国作のパート2も作られていて人気が高い。今回の実写版は『マトリックス』のウォシャワスキー兄弟監督の作品だ。 感想はとにかく良かった!!鮮やかな色彩やめまぐるしく動くシーンはまるでアニメだ。監督が原作に忠実に描いているところがいい。キャストもアニメのレーサー家の人物(アニメでは三船家)に似ているし、ヘアスタイルや服装もそのままだ。時代は未来なのだが、昭和40年代の作品のデザインをそのままにしているのがいい。監督が原作を大事にしていることを感じさせ嬉しくなる。最近の実写版ブームの中で、これだけしっかりした作りの作品に拍手を送りたい。
 ♪風も震えるヘアピンカーブ こわいものなどGoーGoーGoー♪
という主題歌が流れると気持ちがワクワクした。(劇中ではもちろん日本語ではない) アメリカ人はどうしてバトル的な車のレースが好きなのだろう。現実アメリカのカーレースは格闘技って感じだ。そういう意味では、原作者の吉田竜夫は日本人よりアメリカ人受けの作品を作ったことになる。
 僕がメカニック好きになった要因を年代順に考えてみた。5歳の時に出会った横山光輝の『鉄人28号』。6歳の時からのめり込んだイギリス番組『サンダーバード』。そして小学生時代の竜の子プロのアニメ、と思われる。竜の子プロというと『ガッチャマン』、『タイムボカン』、『キャシャーン』、『みなしごハッチ』、『ハクション大魔王』はメジャーで有名だ。僕の最初の竜の子プロの作品との出会いは、モノクロアニメ『宇宙エース』。それから『マッハGoGoGo』、『おらぁグズラだど』、『破裏拳ポリマー』が好きな作品だ。竜の子プロ(現タツノコプロ)はメカが格好良かった。マッハGoGoGoに出てくるマッハ号の模型を小学校6年のときの科学模型部で自分は作ろうとした。(シャーシ部分まで完成したが最後まで完成にいたらなかった。バルサ材であのマッハ号の丸みを作るのが難しかった...^^;)
 吉田竜夫が亡くなったにのは昭和52年。いまからもう31年も前のこと。45歳の若さだった。もしもっと長生きしてくれていたら、もっともっと凄いメカニックを見ることができたかもしれない。

金曜日, 8月 01, 2008

今日のブランチは「いろいろ」

 昨夜長女の保育園時代からの親友がお泊まりにきました。昨夜は遅くまでWiiFitで遊んでいたので、今朝はゆっくりの起床です。なので朝昼兼用のブランチです。
 メニューはサラダwithノンオイルドレッシング、バジルスパゲッティの温玉のせ、トースト、ウインナ、メロン、スイカ、デラウエアグレープ、冷凍バナナ。ヘルシーを意識してみました。