火曜日, 3月 26, 2013

[3/26 Tue] ▽books ’間’と’クルマ’の話


▽「間抜けの構造」 ビートたけし著 新潮新書刊 (2012年10月発行)

 北野武でなく、ビートたけしの名前で書いているということから、お笑い芸人としての立場から書かれているということなのだろう。
「書かれている」と書いたが、たけしさんがラジオでリスナーに話しかけているような文体だ。だから読みやすい。
「間」というものは日本独特のものであり、日本人だからこそ理解できるものかもしれない。
この本は「間」というものを深く分析し研究したという訳ではない。著者の数多くの経験から得た「間」というものが書かれており、ビートたけしの過去の話や、ある意味自慢話のような話といったような内容だったりと、読んでいておもしろいけど、まぁまぁかなと思って読み続けた。
 しかし七章、八章と終わりの章で本当に言いたかったこと、本にしたかったことが書かれていると感じた。
人生というものは「間」、それは「縁」といったものにも似たものかもしれません。昨日大好きな友人とガストで会話したときと関連した、というより、そのものと言っていいような話が書いてあったので、今朝この本を読んでいて不思議な感覚になりました。

 今の不況下での就職活動について苦しんでいる若者たちが、この本を読むことで気持ちを楽にしてくれると思います。

 以下恒例の自分が気になった文章の抜粋です。

映画監督としてスタッフと意見が違ったときの話
「(略)日本人というのは、それまでのルールを壊して新しいものを創ろうという意識が低いかなと思うね。違うこと、新しいことをやってみようという気はあまりないんだ。」
    
明治大学を中退したときの話
「今でも大学を辞めようと決めた瞬間のことを鮮明に覚えている。アルバイトに向かう途中だったんだけど、駅から外に出たときに、ふと見上げた空の色が驚くほど青かったんだ。それは今まで見たことのない色で、その青空を見て、なんだかスッキリしたんだよね。」
(自分が会社を退職した日、会社を後にして空を見上げると、同じくきれいな青空でだったことを思い出しました。)
  
自分の人生が成功した理由はわからない、どんな世界でも波があるという話
「企業だってそうだろう。ソニーがすごかった時代もあるけど、今は見る影もない。IT企業は今が全盛かもしれないけど、十年後はわからない。あらゆる業種とういうか職種に波みたいなものがあって、その時代にその分野にいるかどうかというのは運であるし、”間”がいいかどうか試される。」

たけしさんが大学を退学して、
「大学に行きたくない、働きたくない、けれど何かをやりたいわけじゃない。(略)「何者でもなかった」という時期かもしれない。ぽっかり”間”が空いたわけだけど、自分から積極的にそれを埋めようとは思わなくて、ただ何となく流されただけ。」
「今だととにかく履歴書に空欄をつくらないようにするみたいだけど、それもどうなんだろう。履歴書にスキがないのもつまらないよね。」

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 ▽「2013年版間違いだらけのクルマ選び」徳大寺有恒+島下泰久著 草思社刊 (2012年12月発行)

「間違いだらけの。。。」の徳大寺さんは巻頭のコラムだけを書いており、車種別の批評は島下さんが書いています。
島下さんも徳大寺さんに劣らず、辛口にクルマを批評しています。どうしてもクルマ雑誌は広告収入の自動車メーカがいる以上、突っ込んだ批評を控えてしまうと思いますが、広告なしの書籍であれば悪い点ははっきり書けるのだと思います。
 この本の中で島下さんも他のクルマジャーナリストと同じく、燃費優先設計のハイブリット車は、コンピュータによる燃費優先動作のため、思い通りの操縦できなくて、運転が面白くないと書かれています。ところが日本では、そんなクルマが年間の販売台数でトップを含め上位を占めてしまいます。またミニバンや軽自動車などで真四角なクルマを好むのも日本ならではの特徴です。
  僕が勝手に推測するに、日本人は実用的な点を購入する際の優先度としているからなのではと考えます。
燃費がいいもの、真四角だから容積が大きい車内が広ーいもの、総合的に平均的な性能を持っているものなどを求めていて、操縦して楽しいもの、クルマのデザインが見ていてうっとりするもの、ある一つの性能が優れているという長所があるクルマ、といいたものはプライオリティは低いのかなと思います。
 問題となるのは、とてもいいクルマなのに、人気がない、売れないクルマはメーカが作ることを止めてしまうことです。いいクルマをきちんと見極めて、みんなが自分の感性でいろいろなクルマに乗ってくれるといいのだけどなぁ。








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